ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2003/11/19配信

脱柵

自衛官で独身の陸曹または陸士は、原則として駐屯地内で居住する(営内居住)ことが義務付けられています。よく誤解されるのは、いったん入隊したら最後、除隊するまで外へは出られないのではないかということです。実際にそんなことがあるはずはなく、平日は課業終了後から、休日は朝から外出することができます。もちろん事前に届け出て、許可を得る必要があるのは言うまでもありません。

 2等陸士で採用される一般入隊を例に取ると、入隊後2〜3週間経ったら外出が許可されます。それまでの間は営内にカンヅメとなりますが、自衛隊の環境に慣れさせるという目的のほかに、身分証明書が作成されて本人に手渡されるまでの間は、どうしても営内にとどまらざるを得ないという事情があります。
 
 初めての外出は、部隊によっては制服着用を強制する場合もあるようですが、おおむね私服でかまいません。それでも家族に晴れ姿を見せようと、制服を着て実家へ帰る者もいます。

 私が入隊した当時、新入隊員が部隊へ戻る門限(帰隊時限)は午後8時でした。
心構えのいい者はだいたい30分ぐらい前には戻ってきて、翌日の訓練の準備を整えたりするのですが、中には不心得者がいて、帰隊時限の5分前になっても戻らず、担当の助教が営門まで出て行って、やきもきしながら帰りを待つという光景が見られました。時間ぎりぎりでも帰ってくればいいのですが、時間までに帰ってこない者がいるのです。自衛隊では、帰隊時限に遅れること(帰隊遅延)は想像以上に重大な不祥事として扱われます。本人は最低3ヶ月は外出禁止。
同じ班の隊員も、次の外出は諦めましょうという連帯責任を負わされます。それでも、クビになることはありません。

 たとえ遅れても、帰ってくればいいのです。もっと深刻な事態は「帰ってこない」者がいることです。自衛隊の環境に馴染めなかったか、嫌気がさしたのかは、本人に訊かないと分かりません。

 帰隊時限になっても帰ってこない場合、担当の教官・助教どちらかが、帰ってこない隊員の実家に電話をかけて在宅を確認します。確認できたらすぐに迎えに行って連れ戻し、帰隊遅延ということで処理します。問題は本人が家にいなかったときです。どこをほっつき歩いているのか分からない上に、生死すら確認できないわけですから仕方ありません。教育隊の教官・助教が動員されて、臨時の捜索隊となって、入隊するときに届けさせておいた友人知人宅、自宅周辺の駅、繁華街、ホテル、旅館などの宿泊施設をしらみつぶしに当たって、見つかるまで探します。だいたいその日の夜のうちには見つけ出されて、部隊に連れ戻されてきます。こうなると部隊から逃亡したことになって、懲戒処分の対象になります。

 外出したまま帰ってこないという事例は、表には出ませんが意外に多いのが実情です。私が入隊した教育隊では、前期教育の3ヶ月間に同じ班から2名、後期教育の3ヶ月間に5名が外出したまま戻らず、うち1名は約2週間にわたって逃亡を続けた挙句に連れ戻されましたが、部隊側の温情で依願退職で処理されました。

 いったん外出してしまえば部隊の拘束を離れて、自分の意思で自由に行動できますから、その気になれば簡単に逃亡できます。だから逃亡者が最も発生しやすいのですが、稀に駐屯地の外柵を物理的に乗り越えて逃げる輩がいます。
これを「脱柵」といい、外出したまま帰ってこない場合よりは、当然に罪が重くなります。

 いずれにしても逃亡は賢い選択ではありません。任期の途中で辞めたいときは、担当の助教に正直に話せば、さほど悪い状況にはなりません。逃亡して捜索隊が出れば、捜索にかかった費用は全額、本人に請求されます。そのうえ人事記録にはその事実がわざわざ赤文字で記入され、生涯消されることがないのです。つまり本人は脱走して自衛隊と縁を切ったつもりでも、その後の人生はかなり惨めなものになるようです。


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