ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2003/12/24配信

産みの苦しみ

 はじめに。
 
 サダム・フセインの身柄が拘束されたという情報が世界を駆け巡りました。
日本時間で12月14日の出来事でした。今から約300年前の同じ日、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りました。吉良上野介は屋敷内を逃げ回ったあげく、みすぼらしい格好で炭焼き小屋から引きずり出されたといいますが、髭もじゃのサダ
ム・フセインの姿と吉良の最期がダブって見えたのは私だけでしょうか。

 それでは本題です。
 
 即応予備自衛官制度が発足して、今年で6年になります。既存の部隊の中に即応予備自衛官で編成する小隊ができたり、あるいは即応予備自衛官を主体として1個連隊まるごと新設されたり、全国さまざまな職種部隊で合わせて約1万人の仲間が訓練に励んでいます。現在でも全国で即応予備自衛官部隊(コア部隊)が逐次編成されつつあります。

 部隊を新しく編成するのは、大変な労力を伴う作業です。必要な人数を寄せ集めてきて「はい、今日からお前らは第○○連隊だ。頑張れよ」というわけには行きません。まず部隊の母体となる「準備隊」が作られて、指揮官要員、本部要員、基幹要員が部隊として動ける体勢を整えて行きます。即応予備自衛官を主体に編成する部隊ならば、既存の部隊を移管(例えば中隊まるごと新部隊へ転属)させたり、新規に即応予備自衛官に採用される人を新部隊へ配属させることで必要な人員を確保しつつ、部隊の編成を整えて行くことになります。

 このときに問題になるのが、既存の部隊から移管される即応予備自衛官の新部隊での配属先です。今まで軽火器をやっていた人が、新部隊の都合で迫撃砲にまわされるという事態が実際に起こっています。しかも事前に本人の意思を確認することなく、部隊側の都合だけで勝手に決められるのですからたまりません。

「俺たちが今までやってきたことを全く認めていないのか」
 ある日、とうとう不満が爆発しました。新部隊の要員を前に、ほとんど吊るし上げに近い状態で交渉に臨んだのです。即応予備自衛官を見くびっていた新部隊の要員たちは、そこでようやく事の重大さに気がついたのか、あらためて本人たちの希望に沿うように配慮することを約束したのでした。しかし組織の欲求というものがあります。組織としての目的を達成するために、組織が各個人に求める事柄と、個人の持っている希望が一致するとはかぎりません。この溝をどう埋めてゆくのかが、大きな課題として残ります。

 この新部隊への配置が1〜2年の暫定的なもので、いずれまた別の師団に新編成される部隊に移管されることがすでに分かっているからこそ、たった2年間の腰掛け的な訓練をやることについて、なおさら反発が出たのでした。

 即応予備自衛官制度そのものが未だ流動的です。部隊を新編成するにあたって人数が揃わないから、他師団から中隊をまるごと借りてきて埋め合わせるということが、いま実際に行なわれています。組織と体勢がしっかり固まるまで、まだ数年を要するでしょう。たとえどこの部隊に所属していようとも、与えられた訓練をこなしつつ練度を高めることが精強な部隊づくりへと繋がることを信じ、愚直なまでに訓練に精励している日本人が全国に現在約1万人いることを忘れないでいてほしいのです。


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