ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2004/1/14配信

【特別寄稿  ――掌編小説―― 】
燃え尽きた街で

 その街は、まるで大空襲に遭った跡のように廃墟と化し、数日間燃え続けて事実上消滅した。
「――今回の災害で政府の対応の遅れ、とくに自衛隊の体制不備に対する責任が厳しく問われそうです」

 一介の局アナからニュースキャスターへ華麗なる転身を遂げた久保田廣志は、もう10年以上も続いている自分の番組の中で連日、自衛隊の出動の遅れをはげしく非難しつづけた。
「毎年膨大な防衛費を食い続けているのに、いったい自衛隊は何をしていたんでしょうねえ。すぐに非常呼集をかけて少なくとも5万人は動員して被災地に駆け付けるべきだったんですよ」

 大手新聞の老練な論説委員で、この番組にはコメンテーターとして出演している大橋も久保田のコメントを支持した。

 この10年、久保田は共演者を厳選して、自分のやり方に少しでも異論を唱える者はことごとく排除してきた。それは制作に携わるスタッフとて例外ではなかった。今、このスタジオ内にいるスタッフは1人の例外もなく、久保田の意のままに操ることができるのであった
「やはり金食い虫にすぎなかったということでしょうかね。――それでは次のニュースです」

 やっと交替の部隊が来て、有吉マコト3等陸曹はほぼ1週間ぶりに駐屯地へ戻った。地震発生直後に非常呼集が発令されたが、実際に出動命令が出たときには地震発生から4時間以上が経っていた。やっとの思いで渋滞を抜けて被災地に入り、瓦礫の下から掘り出されるのは家の下敷きになって奇妙に変形した遺体ばかり。異臭が漂う被災地のあっちこっちで、かろうじて生き延びた遺族
たちの叫び声と泣き声を聞き続けていた1週間だった。

「家族みんな死んでしまって、ワシ1人になってしまった。もう生きる希望がない。ワシを撃ち殺してくれ」

 行方不明者の捜索を始めて間もなく、有吉の足にすがり付いてきた年寄りがいた。災害出動の部隊は武器を持っていない。有吉はその年寄りを必死でなだめて、避難所へ連れて行った。

 有吉が所属する部隊にはこの日から3日間の休暇が許可されたものの、心身共に疲労がはげしく、自分のベッドに倒れこんだまま動く気になれなかった。

「出るのは明日にしよう」

 そう決めて娯楽室でテレビを観ていた。有吉と同じことを考えている奴が他にもいて、営内に残っている者は多かった。彼らはつい今朝方まで、地獄の真っ只中にいたのだ。
「ちっ! 久保田の野郎、現場に来もしないで好き勝手言いやがって」

 有吉はテレビの画面に向かって言った。
「こいつらは要するに、なんでもいいから自衛隊を攻撃したいだけなのさ。口実はなんでもいいんだよ」

 営内居住者の最年長、門倉隆2等陸曹は達観していた。
「そう、門倉2曹の言うとおり。もし俺たちが知事の要請を待たずに出動してみろ。こんどは『自衛隊の独断専行!』って言われるに決まってるんだ。ヘタすりゃ軍国主義の復活まで言い出しかねないぞ、久保田の野郎」

 先任士長の川村も門倉に同調した。

 久保田は今日も番組が思い通りに進んだことに気を良くして、自宅のあるマンションに帰ってきた。時刻はすでに午前2時をまわっている。地獄絵図のような被災地から遠く数百キロメートル離れた自宅周辺は、ふだんと変わらない静かな夜のたたずまいを見せている。
「やあ久保田さん、今日は早いですな」

 白髪の混じった頭を掻きながら、顔なじみの守衛がマンションの入り口で声を掛けてくる。
「郵便来てませんか?」
「今日は来てませんね」
 毎晩おきまりの言葉を交わして、久保田はエレベーターホールを通り抜けて1階にある自分の部屋へ消えた。

 部屋は暗く、空気は冷えきっていた。学生結婚した妻が理由も告げないまま突然家を出てから、かれこれ4年になる。いまだに行方が知れない。初めのうちは探してみたが、今では「どうでもいいや」となげやりな気分になっていた。

 留守番電話の赤ランプが点滅している。いつもの習慣で、意識しなくても指が自動的に再生ボタンを押す。「9ケンデス」という機械音声を聞くと、なぜか気持ちがぐったり疲れる。大半が放送局や出版社から、仕事がらみの用件である。どれもこれもわざわざ留守電に吹き込んでおくほどの用件ではない。

『あんた、1回でも被災地に行って、あの惨状を直に見てから言うとるのか!
自分が被災したらと考えてもみろ』
「ん?」
 久保田は思わず聞き入った。

 最後に録音されていたメッセージだ。老成した声の感じから、壮年の男性と思われた。番組を観ていた一般視聴者だろうか。どこで番号を知るのか、時折、番組に対する苦情――そのほとんどは久保田のコメントへの反論だが――が録音されている。しかしなぜか、久保田が直接そういった電話を取ることはないのだった。もっとも、直接取っても相手になるつもりはなかった。このメッセージも「ふんっ」と鼻で笑って、即座に消去した。
「俺は正義の代弁者なのだ」

 自衛隊は派遣部隊を逐次交替させながら、被災地でいまだ行方の知れない人の捜索や倒壊した建物の下敷きなった死体の収容作業を行なっていた。その作業と並行して、それぞれの職種ごとに特性を活かして入浴支援や炊き出し、給水支援とあらゆる場面で精力的に動いていた。初めは「怖い」といって必要以外は近寄ろうとしなかった被災住民たちも次第に警戒心を解いて、今では進んで協力を申し出るようになった。

テレビのインタビューでも「自衛隊がこんなにありがたいものだと思いませんでした」「本当に親身になってくれて――」と答える人が増えていった。だが久保田の番組では、そのような自衛隊寄りの回答は意図的にカットされた。久保田はまるで重箱の隅を突っつくように、感情的な自衛隊バッシングをやめようとしなかった。

 数年後――。

 すっかり復興した街並みからは、かつての大災害の傷跡はほとんど見当たらない。年に一度行われる慰霊祭であの悪夢を想い出すぐらいのことで、平和で怠惰な日常が当たり前に過ぎて行く。

 久保田の番組は視聴率の低下が著しいにもかかわらず、何度となく久保田降板の噂が囁かれながらも依然として続いていた。

 ある日、久保田は番組の中で、
「昨晩の月、ちょっと変じゃなかったですか?」

 サブ・キャスターを勤める女性のフリーアナウンサーに話題を振られた。
「光が縦に伸びてたでしょう。あの震災の時の前兆現象にそっくりなんですよね」

 女性アナは本気で心配しているようだったが、
「考え過ぎですよ」

 久保田は軽く笑い飛ばした。

 冷えきった部屋に戻った久保田は、いつものように留守電を聞き、ぬるめのシャワーを浴びてから缶ビールを1本飲み干してベッドに入った。すべてがハンで押したように、惰性的な日常だった。

 早朝――。
 地が唸った。もし地獄というものがあるならば、その奥底で何者かが怒りの限りをぶちまけているような不気味な咆哮だ。次いで襲ってきた激しい横揺れは久保田の体を翻弄し、彼に事態の把握を困難にさせた。40インチの大型テレビが真横に飛んで久保田の顔面をかすめ、そのままの勢いで窓ガラスを破って外へ飛び出していった。鈍く、しかし凄まじい運動エネルギーを内包した衝撃があって、あたりが漆黒の闇になった。久保田が背中と脚に強い圧迫を感じた一瞬後、彼の意識は途切れた。
 
 2等陸曹に昇任していた有吉の部隊に、現地部隊との交代要員として出動命令が出た。
「あの地獄を、また見るのか」
 有吉は移動する車の揺れに身を委ねながら、胸の奥から酸っぱいものがこみ上げてくるのをこらえていた。

 どれくらいの時間が経ったのか、久保田が意識を取り戻したとき、ほんの少し光が見えた。だが背中と脚の圧迫感は相変わらずで、しかもかなり強く押しつけられているらしく息が苦しい。

 どうやら強い地震があって自分が何かの下敷きになっているらしいことは、ニュースキャスターとして長年の経験則で推測できた。と同時に、久保田は強い焦燥感に襲われた。
「もし今、火災が発生したら――」
 なんとか抜け出そうと、彼はもがいた。もがけばもがくほど圧迫感は強くなる。自力で脱出するのは絶望的な状況だった。彼はそこで初めて死の恐怖を感じた。
「俺は死ぬのか……」

 そんな思いがふと脳裏をよぎったとき、遠くで人の声がするのに気付いた。
「おーい、誰かいるかぁ!? いたら声出すか音を出せ」

 久保田は急いで辺りを見回した。気付かないで素通りされてはたまらない。
「おーい、ここだ、ここ!」
 幸い手の届くところに、愛用のゴルフクラブが散乱していた。久保田はその1本を引き寄せて、腕が動くかぎり振り回した。頭上にも物が乗っているのでかなり不自由したが、たまたま金属製のものに当たったらしく「カーン」と甲高い音が出た。

「あそこに誰かいます」
「掘り出せ!」

 有吉はこの状況で生存者がいることに驚いた。36階建の高層マンションが、まるで丸太を切り倒したように横倒しになっている。音が聞こえたのは、1階部分からだ。1階はほとんど押しつぶされているように見えたが、運のいい人もいるものだ。
「よほど運の強い人なんだな……」

 生存者のいることが奇跡だ。

 久保田の頭上に足音が近付いてくる。久保田は「これで助かる」という安堵感で、不覚にも涙ぐんだ。頭の上で瓦礫を取り除く音がする。ほどなく顔が出た。太陽が眩しい。見上げると太陽を背に、迷彩服に身を包んだ数人の屈強な男たちのシルエットがあった。その中の1人が久保田の顔を覗き込み、はっと息を呑んで有吉を振り返る。
「班長、この人はもしかして――」
「ん? 知ってるのか」

 有吉は持っていたタオルで、埃だらけの久保田の顔を拭った。と、見覚えのある顔があらわになった。
「あんた、ひょっとしてニュースキャスターの久保田さんか?」
 有吉が尋ねる。
「そうだ。君たちは自衛隊員か? いったい、何が起こったんだ?」
「今朝方、正確には4時間と23分前にМ7クラスの大地震が発生しました。このマンションは倒壊しています」 
「やっぱりそうか。僕はこの事態を全国に伝えなければならない。早くここから出してくれ」
 当然のように言い放つ久保田に、有吉たちのとった態度は冷淡だった。

「あなたは常々、我々の存在そのものを否定しておられる。この際、我々の救助を良心的に拒否していただきたい」
「なっ……!?」
「そのうち警察か消防がみつけてくれるでしょう。――おい、行くぞ」
 有吉は班をまとめると、移動のために整列させた。
 運が強いと思ったのは久保田の悪運だった。
「待ってくれ!」
 久保田はいちばん近くにいた隊員の足首を掴んだ。だが、その手は戦闘用の半長靴に力の限り踏みつけられた。嫌な音がして骨が砕けたようだ。久保田は苦痛に顔をゆがめ、それでも哀願に満ちた視線を有吉に投げつづけた。ここで悪態をつくより、哀れな自分を演出して同情を誘い、とにかく助かりたかった。
これまで公共の電波で流し続けてきた数々の言動に、初めて激しい後悔の念が浮かんだ。

「俺を見捨てるのか」
 久保田の願いも虚しく、迷彩服の男たちは眼下に冷ややかな視線を投げて踵を返す。有吉の態度に、久保田はとうとう恥も外聞もなく泣きわめいた。
「待ってくれ――。いや、お願いします」

 しかし有吉の班は誰一人、久保田を振り返ることはなかった。久保田は声をかぎりに有吉の背中に向かって叫んだ。有吉の班は、やがて久保田の視界から消えた。

「お願いです、助けてくださーい」
 久保田の哀れな懇願は、ひと気のなくなった瓦礫の荒野にいつまでも響き渡っていた。

(了)


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