ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2004/2/25配信

非常呼集

 不測の事態が発生したとき、緊急に呼び集められることを「非常呼集」といいます。

 自衛隊の部隊に非常呼集が発令されることは滅多にありませんが、非常呼集に対処するための訓練は随時行なわれています。私が現職の頃に1度だけ、訓練ではなくホンモノの非常呼集を受けたことがありました。

 当時戦車隊に勤務していた私は、戦車の整備を習うために機甲教育隊で2ヶ月間の訓練期間を過ごしていました。ちょうど真夏で、ビールの旨い季節でした。

 ある土曜日の夜、消灯ラッパが鳴ってベッドにもぐりこんでからどのくらいの時間が経ったでしょうか。突然、部屋の明かりがつきました。一瞬なにが起こったのか分かりません。すると「おい、すまんが起きてくれ。非常呼集だ」と助教の声がします。

 非常呼集? 戦車の整備教育課程でも非常呼集の訓練があったのかと、少々ウンザリしながら体を起しましたが、なんだか様子がおかしいことに気づきました。助教は「すまんが起きてくれ」と言いました。訓練ならば「起きろ!」と言うはずです。それが私たちに気を遣うように、いかにも済まなさそうに起こしに来たのです。
「訓練じゃないぞ。本当に非常呼集だ。上衣は戦闘服、下はジャージで運動靴でよし。準備できた者から廊下に出ろ」

 助教の声も緊張しています。

 ホンモノの非常呼集ということは、何か重大な事案が発生したことを意味します。そうと分かったとたん、同じ班のみんなは何故か張り切って、助教が起こしに来てからたったの2分ほどで廊下に集合完了したのでした。それは他に3つある班も同じで、ほぼ同時に整備教育の訓練生41名全員が集合をおわっていました。時計を見ると、深夜0時を少しまわっていました。

 廊下で当直幹部から、銃剣道の練習に使う木銃を渡されました。同時に状況の説明があって、
「駐屯地に外部からの侵入者がいるもよう」

 演習場へ通じる裏門の脇にある野外電話機が本体ごと持ち去られ、電話線が引きちぎられているのを、巡察中の警衛隊が発見して駐屯地当直司令に報告。
当直司令の判断で駐屯地の全部隊全員に非常呼集が発令されたというのです。
休暇中の隊員でも、駐屯地の近傍にいた者は呼び戻されていました。

 この野外電話機は警衛隊が巡察の途中で異常の有無を報告したり、演習場から駐屯地内に入ろうとする部隊や車輌が警衛所に連絡するために使われているものです。古いタイプの電話機が転用されていましたが、それでもれっきとした備品です。

 私たち整備教育隊は北側の外柵沿いを警戒することになり、配置につきました。他の部隊もそれぞれ配置について、この状態から外部へ逃れることはできません。

 私たちと同じ機甲教育隊の中にある陸曹教育隊の学生は、さすが下士官になるための訓練を受けている部隊らしく戦闘服装を整えていて、警衛隊と一緒になって駐屯地内の捜索に駆り出されていました。
「侵入者はまだ外に出た形跡はない。発見しだい逮捕しろ」

 当直室からは追加の命令指示が矢継ぎ早に飛んできます。

 そして配置についてから1時間が経過したとき、非常呼集が突然解除されて各部隊に解散命令が出ました。何がどうなったのか、まったく分かりませんでした。助教たちも「なんだったんだ?」と首をひねっていました。

 あとで聞いたところでは、電話機を持ち去ったのは侵入者ではなく外出先から泥酔して帰ってきた隊員で、酔った勢いで裏門まで行ってしまい、電話線を引きちぎり、当人は側溝にはまりこんだまま眠っているところを陸曹教育隊の学生に発見されたのだそうです。

 深夜に急にたたき起こされたことの顛末が泥酔した隊員の仕業だとわかって、外部からの侵入ではないという点ではひと安心でしたが、おおいなる迷惑には違いありませんでした。

 泥酔して電話線をひきちぎった隊員がその後どうなったかは定かではありませんが、当然に処分は受けたはずです。

 わずか4年の現職時代に遭遇した、前代未聞の珍事件でした。


前の独り言次の独り言
トップメルマガ登録


軍事情報メルマガある通信兵のおはなしひらやんのブツクサ独り言「日本列島波高し」〜元幹部自衛官のコラム軍事関連知識集年代表情報資料メルマガバックナンバー硫黄島戦不肖・宮嶋支援HPおすすめ書籍めろんぶっくす心と体の危機管理