ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2004/8/11配信
カメ(その2)

 私が搭乗していた戦車・第3小隊第2車は、宿営地に進入する途中の斜面で車体の前後にある牽引用フックを松の巨大な切株にひっかけてしまい、まったく身動きが取れなくなってしまいました。

「こちら32(サン・ニ)、八丁田の宿営地付近で身動きとれず」
 自力での脱出を断念した車長は、詳細を無線で中隊本部に報告しました。

「後ろの切株を、切り崩すしかありませんね」

 砲手のI3曹が提案しました。しかし戦車の工具箱に入っている道具類の中で、適当なものといえば小さなタガネしかありません。が、無いものねだりをしても仕方ありません。I3曹がタガネとハンマーで、切株を少しずつ切り崩す作業を始めました。宿営地に入れば交代で休息が取れるはずだったのが、もうそれどころではなくなっていました。戦闘を想定した演習の最中ですから、こうした作業をやりながらも周囲を警戒しなければなりません。車長とI3曹が切株の切り崩し作業、操縦手のH1士と私が分散して歩哨に立ちました。

 生木は意外に固くて、小さなタガネだけでは遅々として作業が進みません。
しかも演習の状況中なので、大きな音を出すことができず、タガネにウエスを巻いて叩くので力が入らないのでした。

 まもなく中隊本部からAPCに乗った整備班がやって来ました。整備班には整備作業のほかに、攻撃を受けたりカメになって動けなくなった戦車の回収や収容も任務になっていました。

「こんなカメは初めてだな」
 整備班長が感慨深そうにつぶやきました。整備班長の指示で、切株をチェンソーで崩すことになりました。

「切株が外れた瞬間に戦車がズリ落ちるかもしれんから、作業する者以外は離れろ」

 チェンソーの操作は整備班の陸曹がやることになり、万が一戦車がズリ落ちそうになったときにすぐブレーキをかけられるように、操縦手歴の長かったI3曹が操縦席に座りました。

 チェンソーが切株に食い込んで行き、雪の上に切りくずを撒き散らしていきました。しかしチェンソーはギュンッという異様な音をたてて、刃の回転を止めてしまいました。切株の大きさに比して、チェンソーが小さすぎました。切株には戦車の重量がのしかかっています。その重みのために、チェンソーが削った隙間が押しつぶされて、刃の回転にブレーキをかけるような状態になっているのでした。

「外側から少しずつ切って行くしかない」

 手動のタガネから自動のチェンソーに変わっただけで、技術的には同じことになってしまいました。しかも生木がチェンソーの刃のわずかな隙間に目詰まりを起こして、それを取り除くために頻繁にチェンソーの刃を掃除しなければなりませんでした。

 作業の最中にも、他の小隊長や中隊長はもちろん、ついには大隊長と師団長までが噂を聞きつけてやって来ました。

 そうこうしているうちに、ついに夜が明けました。脱出の目途は全く立っていません。

 整備班長はチェンソーではもはや無理だと諦めて、整備小隊が持っている70式戦車回収車(SR)を呼ぶことになりました。SRはいわば戦車専用のレッカー車で、強力なウィンチとクレーンを装備しています。

 整備小隊長がまず現場を見に来ました。ちなみに整備小隊長は、我が中隊の先任小隊長の少年工科学校時代の1年後輩でした。

「施設部隊に要請してブルドーザーを出してもらい、車体の後ろを掘っておいてください」
 そういい残して、いったん現場を離れました。それから待つこと数時間。施設大隊の協力を得て、車体の後ろの土が深くえぐられました。切株はまだそのまま残してあります。ブルドーザーはその場に待機して、SRの到着を待っていました。

 やがてSRが到着し、まず車体が急にずり落ちないように、前にある牽引用フックのうち切株に食い込んでいないほうにワイヤーをかけました。そのワイヤーをSRに固定して戦車を支えるのですが、戦車とSRが縦一線に位置できないので、戦車の前にある松の木を滑車代わりにして、ちょうどワイヤーが90度の角度でSRと連結されました。戦車の操縦席にI3曹が座り、エンジンを始動しました。

 ブルドーザーが再び動き始めて、斜面にへばりつくように生えている切株に一撃を加えました。と同時に、切株はメリメリと異様な音をたてて割れ、戦車が一瞬後ろへガクンとさがりました。滑車代わりにワイヤーを引っ掛けていた松の木は戦車の重みをいっぺんに受けて根っこから倒れてしまい、戦車の重量をSRで支えるという目論見は失敗。しかし逆にそれが幸いしました。戦車の重量が一気に切株にかかったために、前のフックが食い込んでいた切株も上手い具合に外れて、車体が自由になりました。I3曹は好奇を逃さずアクセルを踏み込んで、前進をかけました。戦車はカダがはずれたように斜面を数メートル上って止まりました。

「損傷箇所はないか?」

 乗員と整備班で調べた結果、車体の損傷ありませんでした。これで収容完了。
いつしか日は西に傾いていました。

 演習の開始以来まったく休息をとっていない私たちに、師団長から特別な配慮があり「状況外8時間」が許されました。つまり8時間のあいだ演習とは無関係とするから、その間に休みなさいということです。私たち4人は飯盒でインスタントラーメンを作り、まる一昼夜の作業で疲れ冷え切った体を温めたのでした。

 このときブルドーザーで掘られた場所はその後埋め戻されることなく、そのままにされました。そして翌年の地図には「湿地帯」の記号が書き加えられていました。戦車1輌を収容するために演習場の地形をも変えた前代未聞の珍事は「八丁田の大ガメ」として、その後しばらくの間、大隊の語り草になりました。


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