ひらやんのブツクサ独り言   ON WEB
 バックナンバー一覧メルマガ登録・解除・変更お問合せ 2004/9/8配信
糧食班

 営内で居住する自衛官の食事は、駐屯地内にある食堂の厨房で調理され、朝昼晩に食事ラッパが鳴るとそれぞれに食堂へ行って食事を摂ります。海上自衛隊には専門の調理員がいますが、陸上自衛隊では各部隊から3ヶ月交代で作業員を差し出させて、業務隊の糧食班に臨時勤務させるのです。臨時勤務に選ばれるのは、たいていどこの中隊でも入隊1〜2年目の陸士(兵)でした。

 1等陸士に昇任した年の秋、隊付准尉に中隊の事務室へ呼ばれました。そして「来月から糧食班だ。K1士から引継ぎを受けておけ」という命令を受けました。ところが通常は3ヶ月の期間なのに、私は2ヶ月となっていました。中隊の都合で前任のK1士が1ヶ月長く勤務してしまったので、私の勤務期間を短くして帳尻を合わせるのだといいます。

 私が勤務した当時の糧食班勤務は、朝8時から厨房へ集合して昼食と夕食を担当する「日勤」と、早朝4時半から朝食の準備と幹部食堂を担当する「早起こし」、そして早起こしの翌日は「休務」という体制になっていました。もっとも早起こしでも昼食と夕食の準備にも携わって、1日の勤務が終るのは日勤者と同じ時間ですから、翌日は事実上の休日である「休務」が与えられるわけです。したがって糧食班勤務になれば、3日に1度は休めるというオイシイ側
面がありました。

 厨房に隣接して、人間が歩いて入れる冷凍冷蔵庫と、米と麦だけを貯蔵する倉庫がありました。帳簿上は計画的に使い切る計算になっているはずなのですが、人によって好き嫌いがありますので、牛乳と卵はどうしても余りがちでした。それでも賞味期限のあるうちは献立表に載っていない「番外編」として、誰でも自由に取れるようにしてあります。それでも余るときは、糧食班だけの特別メニューが登場します。

 糧食班の勤務者は調理作業が済んで正規の食事時間が来る前に、一足早く食事を済ませてしまいます。そのときに卵や野菜など余った材料を使って、ちょっとした賄い料理を作るのです。でも不思議と、肉は決して余ることはありませんでした。それでも卵と牛乳はほぼ食べ放題・飲み放題の状態だったので、糧食班で3ヶ月も過ごして原隊復帰する頃には皆、ベルトの穴が2つ3つ分ほど太っているのが常でした。

 私の現職当時は、糧食班勤務はほとんどの者が経験する臨時勤務の定番でした。1回やると2回目は回ってこないのですが、ときには3回目4回目どころか継続して半年以上も勤務している者がいました。ぶっちゃけた話、部隊で使い物にならない者を厄介払いするために糧食班へ押し付けているわけで、本人にとっては少々気の毒な話ではあります。

 私はいま独り暮らしをしていますが、食事は自炊です。もうかれこれ20年以上も前の、糧食班での経験が活きていることは言うまでもありません。免許や資格が取得できるのも自衛隊の魅力ではありますが、たとえ免許や資格に繋がらなくても実生活で確実に役に立つ技術を習得できるのもまた、自衛隊ならではの魅力でしょう。


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